大蔵流 狂言方 善竹忠亮、まいにちを「語る」
上田照也二十三回忌追善会
安宅、鐘後見、無事に勤めました。


鐘の綱を滑車に通す作業も一回で成功しました。


午前九時半から延々六時を過ぎるまで楽屋にいました。
今から食事をしてから書き込む元気が残っているか判らないので、まず書き込みました。


・・・誰か癒して・・

とりあえず食べてきます。





ってことで食べてきました。
もう少しで食べずに寝るところでした。
食べながら寝そうでした。三歳児かいな。



道成寺の鐘の綱を通す、カンの向きを確かめるべく早めに会場に到着・・うわっ楽屋が人でいっぱい。出演される錚々たるメンバーに加えて、それぞれお付、お供の人々もいますから、楽屋人口は出演者の軽く二倍。普段と違ってにぎやかな楽屋でした。

実は今日の間狂言、三番ともすべて「触れ」がありました。

触れというのは「お触れ」というように、上役から命じられたことを客席に向かって告げることで、客席をそのまま舞台背景の一部として巻き込んでしまう手法です。

触れ三連演、先陣は私で、安宅の関守(ワキ)、富樫の従者でした。
山伏を見つければ通報するように言いつけられ、そのことを布告します。
やがて義経一行の登場となりますが、ここでワキと共に舞台の端へ移動し、舞台には背を向けていました。
子方(義経)は残念ながら昨日崩した体調が戻らず、従兄弟のお兄ちゃんがピンチヒッターに立ちました。悔しかったやろうなぁ。
でもさすがお兄ちゃん、急な代役でしたが立派に勤めました。そろそろ声変わりの苦しい時にさしかかるかな。

実はおシテも申し合わせのときに最初から張り切ってなさったため、途中でオーバーヒートしてしまうハプニングがあったのですが、本番はグッと抑えて我慢ガマンの前場でしたが、これがとてもよかったと背中で感じましたがどう思われますか?
勧進帳も最初はぐぐっとガマンし、最後で爆発。この方が「関の人々肝を消し」恐れをなして通しやすいと思います。

やがて終盤、酒宴もそこそこに出立する山伏たちですが、幕に駆け込んでいく体格のいい山伏たち。新快速電車が目の前を通過していくような体感でした。床板が揺れるっ


太刀を持つ私の腕は、もう別の人のものみたいになってましたが、意外にも腕はすぐに回復したのに引き換え、膝が大爆笑して後の道成寺が心配になりました。



大原御幸も同じ始まり方です。 
父が間を勤めましたが、御幸の路程の準備をせよと布告して出番終わり。
なんかねぇ・・



トリは伯父、道成寺の触れは重い習いです。
言葉と言葉の間に長い間を入れます。絶句したのではありません。
今日の触れは安宅から順に重々しくなりました

観世流と宝生流の道成寺の際は、後見が鐘を吊ります。
どうにか足も使い物になるまでに回復し、幕から運び出せました。

道成寺の鐘吊りにはいろいろな逸話があり、それでなくとも緊張するのですが、今回の鐘のサイズは語り草になりそうなほどで、幕から運び出した途端に客席からどよめきが起こりました。
重さもXLでした。

前もって準備に念を入れ、また今回は立ち上がって通すことを許されたおかげで一回で通りました。

本式は座っていたします。
そのほうが鐘が大きく見えます。
その点楽屋に帰って指導がありました。

一回でも実際に経験してみると、なるほど成る程そうだったのかと思えることが多々あります。
次回までには修正して参ります。


修正といえば、「安宅」の最中に失敗したことがあります。
前回安宅を勤めたときも、同じところで間違えたのです。
申合せでは出来てたことが、本番で間違えてしまい、今度こそ!と意気込んで臨んだのですが、またもや申合せで出来たことを本番で間違えてしまいました。具体的には申しませんが、ご覧になっている方にとってはきっと「なぁ〜んだ、それだけのことか」とお思いの事と思います。しかし、そんな些細なことでも続けて間違えるとへっこみます。




吉兆のお弁当が慰めでした。吉兆でした・・吉兆ですよ!あ〜びっくりした。滅多にお目にかからないお弁当でした。
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